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このようなタイトルをつけると、すぐにラクに、デッサンがうまくなる方法がある…
とでも言うのかと思われそうですが、そういう主旨ではありません。
しかし、効果的なトレーニングの方法はあると思っています。

それには、トレーニングの目的を良く理解することも大切です。


まず、鉛筆デッサンは、鉛筆の使い方のトレーニングではありません。
鉛筆で描くテクニックを覚えるためのトレーニングではありません。

このように描けばこのように見える、こういう場合はこう描けば良い…
そういうことをいくらたくさん覚えても、それだけでは良いデッサンは描けないし、
デッサン力が身についたことにはなりません。
長い年月、数多くのデッサンを描き続けていれば、自然に鉛筆の使い方はうまくなり、
それなりのhow toも覚えられるだろうと思いますが、それがデッサンの目的ではありません。

もし鉛筆の技術を上達させるのが目的であれば、デッサンの応用範囲は限られたモノになってしまいます。
何故デッサンが、色々なアートの基本と言われるのかを考えれば、
必ずしも鉛筆のテクニックとは関係のないものであることがわかると思いますし、
こう描けばこう見えるということを覚えるだけなら、実際にモチーフを見ながら、
かたちを測ったり観察したりする以外に、もっと効果的な方法がありそうです。


それではデッサンは何を目的としているのか…

(本来の、広い意味でのデッサンとは、作家が自分の作品のための資料として、
また、エスキースやアイデアスケッチ的な意味で描くもの等も含まれると思いますが、
ここでは狭い意味のデッサン、つまり色々なジャンルの表現や造形などのための
基礎トレーニングとして行なわれるデッサンについて書いています…)


デッサンで磨かれるのは、観察力(物の見方)そしてイメージを具体化する力、
そのような、表現の基礎となる、自分の内側で行なわれる作業を強化する力…であると思います。
表現のテクニックは、その後から付いてくるのです。


デッサンでは結果として出来上がる作品よりも、そのプロセスに重要性があります。
デッサンを制作していく内に、それまで見過ごしていたものが見えるようになること、
見えなかったものが見えるようになること…これがデッサンの目的と言えます。


そのためには、見えるものを見えたとおりに紙の上に表わそうとして
自分がどんなものを描いているのか、それが本当に見えるとおりなのか、
見る(モチーフ及び自分の画面を…)というインプットと
描くというアウトプットのサークルを回す事が大切です。

このサークルを回す内に、それまで自分は、ものを見ているつもりで
実はそのものの存在を認識した時点で頭の中にある観念と無意識にすり替えていた事に気づかされます。

そして実際に視覚が捉えている映像には、認識のフィルターにより、削除されていた情報が
数多くあったことがわかってきます。

このフィルターは、各個人により微妙に違うものであるかもしれません。
ですからフィルターを外したものを表現しなければ、他人には正しく伝わらない可能性も
あるのではないかと考えられます。

これに気づかないまま、自分と同じフィルターを持つ人にしか伝わらない表現しかできないか、
それらのフィルターを外した状態を知った上で、敢えて意識的にフィルターをかけた表現をするのか、
この違いは大きいのではないでしょうか。


このことをしっかりと意識して、デッサンでは、とにかくモチーフをよく見る、
見えるものを見えるとおりに描く事に徹する、そしてモチーフと自分の画面とを見比べる、
違うところを探し出して直す、更に観察する、見えるものをもっと探す、描く、見比べる、
直す、描く…この繰り返しです。

どう描けばどう見えるかなど考える必要はありません。

目の前のモチーフが、どうなっているのかを観察し、そのとおりに描けば良いだけです。
モチーフと同じように見えないのは、何かが違っているからです。
どこが違うのかを、一つでも二つでも、見つけ出しそれを描くだけです。

このようなデッサンをしていれば、どういうところを観察すると、重要な調子がみつかりやすいかとか、
かたちを捉えるポイントはどこかとか、自分はどういうところを見落としやすいのか等々、
観察のポイントというべきものがわかってきます。
これが、【上達】への道です。


汚れなくきれいに整って仕上がった作品が必ずしも良いデッサンではありません。
始めの計画通り順調に、どこも直すことなく仕上がることが理想的とは言えません。
むしろ、始めには見えなかった変化を発見し、形の狂いに気がつき、それらを直し、
描き込んで行けば、予想外の線や調子が入って【きれい】とは言えない仕上がりになってしまったとしても、
その画面からは、存在感や迫力などが伝わり、自然な空間が感じられる作品となっているかもしれません。
それがデッサンでは重要なのです。
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by hiratsukadessan | 2010-10-30 04:33 | デッサンとは
平塚デッサン塾は、今年の4月から、JR東海道線平塚駅ビル【ラスカ】6階の文化教室で、
第五を除く毎週土曜日の午後五時半から行なっていますが、
この度、新しく別の場所にも教室をオープンすることになりました!

場所は、平塚駅を出ますが、徒歩5分弱、北口駅前交差点すぐそばです。

これまでとは別の曜日、時間帯に、複数のクラスを開講します。
また、大きな画面での制作を行なえるようになります。

まだ準備を開始したばかりで、いつから稼働できるか今のところ未定ですが、
詳細など、決まり次第お知らせ致します。

ご参加ご希望の方、お問い合わせなどは、
hiratsukadessan@excite.co.jp
↑こちらまで、ご連絡ください。

ご希望の日時などがおありの方は、その旨お知らせいただければ、
クラス設定の計画の参考にさせていただきます。よろしくお願い致します。
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by hiratsukadessan | 2010-10-27 04:11 | お知らせ
このようなことは、まず自分で積極的に数多く試してみることが重要ですが、
ポイントとなるのは、硬度による、タッチ(筆触…つまり線の表情)の違い、
調子を出すための線の密度の違い、そして鉛筆の色合いの違い…といったところでしょうか。


例ですが…… モチーフの、台に映る影を描写しようとする場合、
同じ程度の暗さでも、4Bによる調子と、HBによる調子とでは、かなり印象が違うはずです。
比較すると、4Bで作った調子は粗く、HBによるものの方が線の密度が高くなり、
4Bによる影は、少し浮き出て見えてしまう…というようなことがあります。

モチーフの状態や、光の状態、台の部分の素材があるのかどうかにもより見え方は変わりますし、
また、実際には、4Bだけ、HBだけ…で影を描くという事はないでしょうし、
上記は説明のための、【例え】です。
影は4Bで描いてはイケナイ…等というつもりはありません。…が、これに近いことはよく見受けられます。


同様の効果の応用として、同じ色で、更に光の条件もほぼ同じであるモチーフの、
近い部分と遠い部分を、描き分けたい…というようなとき、
同じ調子を、4Bで出すのと、Bで出すのとの違いを利用する事ができるかもしれません。


下地を4Bで作り、上からFのタッチを重ねるのと、逆に、下地をFで作り、4Bを重ねるのと、
どのような違いがあるのか、無いのかを知っておく…等というようなことも、
何らかの表現に役立つかもしれません。

硬度の使い分けによる様々な表現は、実際のデッサンの制作の過程で、少しずつ実験するつもりで、
積極的に試していくようにすると良いと思います。


が、デッサンはあくまでも観察が主体ですから、
まず観察して、感じ取った、表現したいものを、どう表現するか…というときに、
鉛筆の技法を工夫してみる、というスタンスでなければいけません。

こういう鉛筆を使えばこう見えるはずだ…というようなテクニック先行の表現になってしまっては、
デッサンとしては弱い、リアリティのないものになってしまいますので注意が必要です。
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by hiratsukadessan | 2010-10-27 03:39 | デッサン技法
一般的に、デッサンの描き始めには、2B〜3B程度が適していると思います。
構図を決め、配置を探り、かたちの大まかなアタリを取る作業の段階です。

この段階では大まかな線を用い、細部の描写はしませんから、
芯は柔らかめのものを使って、軽い筆圧で、大きなタッチを描くようにします。

ここでは、あとで修正を行なうことや、上に線を描き加えていく事を考えなければなりませんが、
描き始めの白い画用紙に対して、薄い線では、目安になりにくく、
そのため、硬い鉛筆を使うと、どうしても筆圧が高くなり勝ちで、画用紙の目を潰してしまったり、
画用紙に跡を残す事が多くなります。

しかし、最初は、かたちや位置を探るアタリの線や補助線など、多くの線を使うので、
軟らかい5B、6Bとなると、それらの線が重なり黒くなり過ぎ、最終的に明るい調子を出したい部分などに
余分な暗さが出て、調子の幅が狭くなることに繋がりやすいです。

従って、描き始めは、後の作業がしやすいように、中間程度の鉛筆を使用します。

その後、ある程度かたちを描き込む段階までは、このまま進め、
全体に大きな調子を入れる段階になれば、少し柔らかめの鉛筆に変えて、大きな調子をつけると良いでしょう。

大きな調子を入れる際は、細かい面の変化は無視して、大きなタッチで調子を作ることになるので、
この時の線は、粗いものになります。
この粗い線が最後まで残ると、微妙な表現の邪魔になる場合がありますから、
上に重ねる線にうまく溶けこんでタッチが消えていくようにするには、柔らかめの鉛筆が
適しています。また、後に練りゴムの効果も出しやすいです。

基本的に、硬めの鉛筆は画用紙の目を潰しやすいので、硬い鉛筆を多く重ねて作った調子は、
その上に軟らかい鉛筆を重ねても、それ以上の暗い調子が出にくくなります。
そして、硬い鉛筆のタッチは、軟らかい鉛筆よりも練りゴムが効きにくいという面もありますので、
ベースとなる作業には、硬い鉛筆を使う事は避けた方が良いです。

仕上げに近づいて細部の描写が多くなると、細かい表現には、硬めの鉛筆の方が向いています。

また、(1)に書いたように、軟らかい鉛筆で作った調子の上に、
少し硬めの鉛筆のタッチを重ねる事によって、更に深い調子を出すこともでき、
つまり、軟らかい鉛筆による調子に、硬めの鉛筆を重ねる事で、
より微妙な調子の変化を作り出すことが可能になります。

ですから基本的な流れとしては、軟らかめの鉛筆で描き始め、調子を入れ、
段階を追って、硬めの鉛筆で仕上げて行く…というようなものになりますが、
実際は、描き込みが進むと、素材感・質感、色合い、量感、奥行き、等、様々の表現のために、
鉛筆の硬度を使い分け、その効果を活用することになります。
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by hiratsukadessan | 2010-10-27 03:25 | デッサン技法
平塚デッサン塾では、2H H F HB B 2B 3B 4B 5B 6Bの10本の鉛筆を用意して頂きます。
表現の幅を拡げるためには鉛筆の硬度の使い分けも重要です。

以前の記事に書いたように、例えば同じ2Bでも、鉛筆メーカーが違えば、色合いも硬度も
変わってしまいますが、大切なことは硬度の【関係】を使い分ける事ですから、
まずはひとつのメーカーで揃えた鉛筆のそれぞれの硬度の違いを経験して、
自分に合った表現を探ってみてください。

人によって、筆圧やタッチの癖など、鉛筆の使い方にはそれぞれ微妙な違いがあり
「好み」の問題もありますから、細かいことは使う人自身が、実際に試して経験を積んで
理解していくのがいちばんです。


ここでは硬度の違いをどのように使い分けるかについて一般的なところを書いておきます。

鉛筆の先を見ると、柔らかい芯ほど太いのがわかりますが、従ってタッチ一本一本の太さは、
軟らかい鉛筆ほど増します。
4B、6Bなど「B」の数が大きくなる程、芯は軟らかく、軽い筆圧でもしっかりとした黒さが出ます。

例えば、2Hと2Bを使い、同じ程度の筆圧で同じくらいの本数の線を並べた面を作ってみると、
硬い2Hで作った面の調子は淡く、やわらかい2Bによる面の色の方が濃くなります。
また、たとえば2Hと2Bとで、それぞれ同じ程度の濃さのグレーを作ろうとすれば、
2Bでは軽く少ない線で、2Hではかなり多くの線を重ねなければ、同じ位の調子を出すことは難しいでしょう。

これを、単純に応用すると、明るい面をしっかりと描きたい場合には、
線の密度を高めてもあまり暗くならない硬めの鉛筆を使用すれば、描写しやすいことになり、
暗い・或いは色の濃い面を描き込む場合は、軟らかい鉛筆を使用すれば、
濃度の高い深い調子が出やすい事になります。

しかし、確かに、軟らかい鉛筆の調子は、深い強い暗さが出ますが、4B・5B・6B等で
線を多く重ねていくと、粉が浮いたようになり、それ以上の調子が乗りにくくなることがあります。
このような場合は、一旦、HB等の少し硬めの鉛筆のタッチをその上にかけて
粉を抑えるように落ち着かせると、更に深く濃度が出ます。
必ずしも軟らかい鉛筆だけで濃い色を出せるという訳ではありません。

そして、鉛筆の硬度の違いは、単純に濃淡の表現だけではありません。
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by hiratsukadessan | 2010-10-27 03:18 | デッサン技法
調子は線の集まりでできていますから、たとえ輪郭線が描いてあっても、それも調子を構成する要素
となってしまえば、一本の線として浮き上がって見えることはありません。
だからどうしても輪郭をシャープにくっきり出したかったら、
敢えて【輪郭線】を描き、その線が一本の輪郭線として浮き上がって見えなくなるまで、内側の調子を
描き込んで行くという方法も考えられます。

しかし普通は、密度のある線によって面が描き込まれていけば、別の部分との【境界】は、
そこにわざわざ輪郭線を入れなくても、既にしっかりと表われているはずです。
それにもかかわらず、輪郭線を入れないとかたちが見えないとしたら、
その部分の【調子】が正確に描かれていない事が一番に考えられます。


輪郭線があるのはどんなところかというと、
ものともの(またはかたちの部分と部分)の重なり合うところ、かたちが大きく変化するところ、
バック(バックを白で描いている場合は余白)とモチーフとの境界、…の、どれかではないかと思います。

ものとものとの重なりあう部分またはかたちの変化する部分に、その境界として、輪郭線が入っている場合は、
単純に、境界を隔てて、どの部分はどちら側が、より暗いのか、明るいのか、色彩の濃淡を含めて、
違いが必ずあるはずですから、それをていねいに観察し、見えている通りの関係になるよう、
画面の調子を正しく整え、輪郭線を調子に溶けこませます。

それから、その部分を基準にして全体の調子の関係を見直します。
この観察は、画面全体の調子の流れをつかむための重要な作業になります。


次に、バックとの境界の輪郭線の場合、前稿に書いた回り込みの観察不足だけではなく、
バックを描かない事が多い鉛筆デッサンでは、実際にはバックに暗い色があって、
手前のモチーフの面が明るい、淡い調子であると、余白とモチーフとの境界をどう表現したらいいか
わからなくなる事も多いかもしれません。

このためということではありませんが、鉛筆デッサンでは、原則として、どんなに明るい面でも、
鉛筆のタッチをまったく入れない画用紙の白のままで残すことはせず、
すべて調子を入れて全体の関係を描き込むようにします。

画用紙の白が残るのは、金属などのごく一部に入る光の反射などの非常に明るい部分に限り、
それ以外の面については、より暗い面を作ることで、明るさを感じさせると考えて
調子の幅を作っていきます。

ですから、余白部分と隣り合う明るい面についても、鉛筆の硬度の選び方やタッチの工夫などで、
明るさを保ちながら、線の密度を作るようにします。
これでほとんどの場合は、明るい部分も輪郭線を使う必要はなくなるはずです。

また、練りゴムによって、余分な汚れや線を取り去ることで、
くっきりとしたシルエットが出てくるかもしれません。

どうしても弱い場合、線として浮かび上がって見えないように正しい調子を取ることを注意しながら、
かたちを取り囲む線を入れることもあるかもしれませんが、これは例外的な処理と考えておいた方が
良いと思います。


いずれにせよ、よく観察し、適切な調子を描写することに尽きると言えますが、
こうして、線の密度が出て来た段階で、輪郭部分をチェックしていくことにより、
回り込む面の観察や、調子の表現の幅を拡げる観察の手がかりを得てください。
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by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:50 | デッサン技法
描き込みが進み、線の密度が出て来れば、輪郭線は調子に埋もれて見えなくなって来るはずです。
この段階で、自分の画面を客観的に眺めてみて、
もし(無意識のうちに)輪郭線を強めていたり、まだ輪郭線が残っている箇所が
みつかったら、その線部分は、実際にはどうなっているのか、モチーフを改めて観察してください。

輪郭線が入っているのは、かたちの【回り込み】という重要な部分であることが多く、
そこに線を描き入れているとしたら、重要な【回り込み】の観察ができていないことになります。


デッサンで立体を表現するには、見えない部分がどうなっているのかをも感じさせる表現を、
目指さなければなりません。
目の前にあるのが、立てた円盤なのか球体なのか、普通の日常生活で、横にまわって見なくても
わかってしまうものなら、デッサンでも描き分けられなくてはいけません。

どうすればそれが描けるのかは、
自分が、目の前のものを見て、何を感じ取っているのか、を、探し見つけ出すしかありません。
そのひとつの大切な手がかりは、回り込む面の観察と描写です。

ということは、当然、輪郭線に囲まれた【内側】部分だけの観察では不充分で、
かたちの回り込む面の部分、つまりまさに輪郭線上の、見えなくなっていくぎりぎりの部分まで、
しっかりと目をこらして観察する必要があります。

視界から見えなくなっていく面はどのように変化していくのかを描くべきなのです。
そこに輪郭線を置いているのは、この重要な観察をしていないことになります。

輪郭線のある場所をよく観察することこそ、立体の表現のための、とても重要なポイントです。
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by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:41 | デッサン技法
大まかな輪郭線を目安として描き始め、観察を重ね、段階を追って、見えてきたものを
描き込んで行きますが、
描き込みが進み、線の密度が出てくると、最初に描き入れた輪郭線は、重ねたタッチに埋もれて
見えなくなってきます。

そこで、見えなくなった【輪郭線】を、より強い線で描き起こそうとしてしまう場合があります。

しかし、目の前のモチーフを見てみると、そこに輪郭線と同じような黒いラインが
実際に見えているケースは、非常に少ないはずです。
デッサンは、見えるものを捉えて表現することによって、その空間のリアリティを人に感じさせようとするものです。
見えていない輪郭線を残してしまって良いのでしょうか。。


輪郭線とは、線で囲んであるからひとつのものだ…という【約束事】によって
人にその画面を理解させようとする【記号】のようなものと言えるのではないでしょうか。
見えたとおりに描いて伝えるのではなく、【約束事】に基づいて伝える…のでは、
その画面は【説明図】のようなものだと考えるのは大げさでしょうか・・・

そんな考え方は別としても、実際の問題として、輪郭線が入ってしまうと、
かなりしっかりと陰影・明暗を観察して、ていねいな調子を入れてあっても、
そのデッサンから空間や立体を感じにくくなってしまうのは事実です。


それは、実際にない線が描かれているからという事以上に、
一本の線は、微妙な調子の変化よりもずっと強く目に入ってしまうために、
せっかく描き込んだ明暗や陰影などを弱め、感じにくくさせてしまうからです。

また、同じような調子で表わされた面は、同じような角度や位置関係を感じさせるのと同様に、
同じような強さ、太さ、色合いの線は、それらがひとつの平面上に繋がっているかのような
視覚効果を与えます。

そして、シルエットの輪郭に当たる部分は、その立体の実際のかたちの上では、空間的な位置関係が同じではなく、
シルエット上の輪郭部分には、実際のかたちでは一本に繋がったラインは存在していないことが
ほとんどだと思います。

そのため、時間をかけてしっかりと描き込んだ調子の変化よりも目立つ、【輪郭線】が、
本来の空間的な位置とは無関係に、全体をひとつの平面につなぎ止めて見せてしまう…
という結果をもたらしてしまうのです。


更に大きなモンダイは、実際にはないはずの輪郭線を描き込んでいるということは
じつは、本当はその部分がどうなっているのか、を、【観察していない】事を示している!という点なのです。
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by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:35 | デッサン技法
白い紙の上に、かたちを描いていこうというとき、どのように始めるかは様々な方法があると思いますが、
描き始めはかたちの輪郭(シルエット)を捉えることから…という方法が最も多く一般的なのではないかと思います。

(デッサンの始めの作業は、構図を決めることですが、その事については別に書きます。)

まず紙の上のどこにどんな大きさでどんなかたちを描いていくのか、
シルエット的なかたちを捉えて輪郭線で描くところから入り、
その線を目安にして、観察を進め、描写していくのが基本的な取り組みです。

しかし当然ながらまだこの段階では対象への観察は充分ではありません。
これから時間をかけて観察していくスタート地点ですから、
正確なかたちや微妙なかたちの変化、細部と全体とのバランスなどは、
この段階ではまだ見えていないと考えるべきです。

従って、この段階で描く輪郭線は、
そのあとに観察を重ねる過程で見えてくるものを描き込みやすいように、
また、修正すべきところを見つけた時にできるだけ直しやすいように、
更に、その上に表現して行く調子を重ねやすいように、
できるだけ大まかなラインを用いて、やわらかなタッチで、細部は省略して、
しかし、大きな長さの比率や、大切なポイントの位置など、全体的な割合に関するところは
できる限り正確に捉えるように工夫して描きます。

最初のうちは、どうしても細部が目に入り、気になってしまい、細かい部分を描きたくなるかもしれませんが、
これを省略して大きく捉えるという見方を身につけるのが大切なことなのです。

まず完全な輪郭線を描いてから、陰影を入れていくのではありません。

内側の面の変化が、輪郭部分に繋がっていくのですから、
輪郭を正しく捉えるためには、輪郭内のかたちの正しい観察と描写も必要ですし、
つまり陰影の観察も同時進行で全体の観察を深めて行き、
最終的に、全体の正しいかたちをつかんだときに、正しい輪郭部分の表現が完成する…
ということになります。
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by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:29 | デッサン技法
デッサンについて、「パース」が狂っているとか、「パース」がキツイとか、
画面やもののかたちの奥行きの表現について「パース」という言葉を使うことがよくあります。

「パース」とはパースペクティブperspective・・のことで、
透視図法に基づいて描く透視図のことを「パース画」と呼びますが、
デッサンでは、透視図法的にかたちの描写を検証する際にこの言葉を使います。

透視図法には、一点透視法、二点透視法、三点透視法などがあり、
平行な直線が集約されていく「消失点」を設定して、図法に基づいて描くのが透視図です。
所謂「パース画」は、このような図法により、図面と数値に基づいて作成された「図面」です。


デッサンでは、数値は用いず、肉眼で観察することのみによって、
実際に自分の目で見えるとおりに描写しようとするものですが、
遠いものほど小さく見えるという遠近法の考え方は共通です。

ではデッサンも、あらかじめ透視図法によって画面全体の構図を決めて描き始めれば、
簡単に、正確なかたちや空間を描けるのではないかというと・・・

実際には、近距離の観察では画面に納まる範囲内に消失点を求められないケースが多いと思いますし、
図法的に正確な理論上の視点を定めることは簡単な問題ではありません。
そして複雑な曲面や不定形の面の変化により構成されるかたちでは、
消失点に繋がる平行線を見つけ出すのはとても難しいのではないでしょうか。

ですからデッサンの場合、先に遠近法ありきで図面のように画面を組み立てていくのは
困難でもあり、すべてのかたちを遠近法だけで捉えることは現実的ではありません。
またデッサンの目的は単に構造的に正確な図を描くことではありませんので、
結論としては、そのようなアプローチは適切とは言えないと思います。


けれども基本的には遠近の表現は透視図法に共通ですから、
特に角柱や直方体、円柱などのような基本形に還元できるかたちの見え方を確認する場合、
また複雑なかたちを、これを取り囲む基本形態に置き換えて画面上の配置や大きさを決める場合など、
透視図法を応用し、補助線を引いて描写の手助けにしたり、かたちの修正の目安にする場面は少なくありません。

(補助線については別に述べます。)

したがって、透視図法についての基本的な理解は、デッサンを進めるに当たって、意味のあることだと思います。
しかし、デッサンの経験を重ね、デッサン力のいくつかの要素、観察力、イメージ力、等を高めて行けば、
透視図法的な描写は、図法を引用せずとも直感的に行えるようになって行くはずです。

数値に基づいた正確な作図法は、イメージの表現や伝達のために重要な方法だと思いますが、
例えばそれ以前に自分のイメージを練り、具体化していく段階の作業や、
図面から、リアルなイメージを得ようとする際に、必要なのは、
実物をより詳しく観察し、空間を捉えようとし、そしてそれを描写、表現しようとする
デッサンの経験から身についてくる「デッサン力」と呼ばれる各種の感覚ではないかと思っています。


写実的な絵画の遠近法のひとつとして、幾何学の世界の透視図法が応用されるようになり、
奥行きのある絵画表現が生まれてから、長い時が流れ、現代の我々はそれを用いた絵画表現を
当然のように感じていますが、目の前のものを観察して描こうとする際に、
必ずしも透視図法的に見えているとは意識できない事も多いことを考えると、
画法として透視図法を用いる・・というのはすごく大きな発見であっただろうと想像できます。。
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by hiratsukadessan | 2010-10-19 00:34 | デッサンとは