調子は線の集まりでできていますから、たとえ輪郭線が描いてあっても、それも調子を構成する要素
となってしまえば、一本の線として浮き上がって見えることはありません。
だからどうしても輪郭をシャープにくっきり出したかったら、
敢えて【輪郭線】を描き、その線が一本の輪郭線として浮き上がって見えなくなるまで、内側の調子を
描き込んで行くという方法も考えられます。

しかし普通は、密度のある線によって面が描き込まれていけば、別の部分との【境界】は、
そこにわざわざ輪郭線を入れなくても、既にしっかりと表われているはずです。
それにもかかわらず、輪郭線を入れないとかたちが見えないとしたら、
その部分の【調子】が正確に描かれていない事が一番に考えられます。


輪郭線があるのはどんなところかというと、
ものともの(またはかたちの部分と部分)の重なり合うところ、かたちが大きく変化するところ、
バック(バックを白で描いている場合は余白)とモチーフとの境界、…の、どれかではないかと思います。

ものとものとの重なりあう部分またはかたちの変化する部分に、その境界として、輪郭線が入っている場合は、
単純に、境界を隔てて、どの部分はどちら側が、より暗いのか、明るいのか、色彩の濃淡を含めて、
違いが必ずあるはずですから、それをていねいに観察し、見えている通りの関係になるよう、
画面の調子を正しく整え、輪郭線を調子に溶けこませます。

それから、その部分を基準にして全体の調子の関係を見直します。
この観察は、画面全体の調子の流れをつかむための重要な作業になります。


次に、バックとの境界の輪郭線の場合、前稿に書いた回り込みの観察不足だけではなく、
バックを描かない事が多い鉛筆デッサンでは、実際にはバックに暗い色があって、
手前のモチーフの面が明るい、淡い調子であると、余白とモチーフとの境界をどう表現したらいいか
わからなくなる事も多いかもしれません。

このためということではありませんが、鉛筆デッサンでは、原則として、どんなに明るい面でも、
鉛筆のタッチをまったく入れない画用紙の白のままで残すことはせず、
すべて調子を入れて全体の関係を描き込むようにします。

画用紙の白が残るのは、金属などのごく一部に入る光の反射などの非常に明るい部分に限り、
それ以外の面については、より暗い面を作ることで、明るさを感じさせると考えて
調子の幅を作っていきます。

ですから、余白部分と隣り合う明るい面についても、鉛筆の硬度の選び方やタッチの工夫などで、
明るさを保ちながら、線の密度を作るようにします。
これでほとんどの場合は、明るい部分も輪郭線を使う必要はなくなるはずです。

また、練りゴムによって、余分な汚れや線を取り去ることで、
くっきりとしたシルエットが出てくるかもしれません。

どうしても弱い場合、線として浮かび上がって見えないように正しい調子を取ることを注意しながら、
かたちを取り囲む線を入れることもあるかもしれませんが、これは例外的な処理と考えておいた方が
良いと思います。


いずれにせよ、よく観察し、適切な調子を描写することに尽きると言えますが、
こうして、線の密度が出て来た段階で、輪郭部分をチェックしていくことにより、
回り込む面の観察や、調子の表現の幅を拡げる観察の手がかりを得てください。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:50 | デッサン技法
描き込みが進み、線の密度が出て来れば、輪郭線は調子に埋もれて見えなくなって来るはずです。
この段階で、自分の画面を客観的に眺めてみて、
もし(無意識のうちに)輪郭線を強めていたり、まだ輪郭線が残っている箇所が
みつかったら、その線部分は、実際にはどうなっているのか、モチーフを改めて観察してください。

輪郭線が入っているのは、かたちの【回り込み】という重要な部分であることが多く、
そこに線を描き入れているとしたら、重要な【回り込み】の観察ができていないことになります。


デッサンで立体を表現するには、見えない部分がどうなっているのかをも感じさせる表現を、
目指さなければなりません。
目の前にあるのが、立てた円盤なのか球体なのか、普通の日常生活で、横にまわって見なくても
わかってしまうものなら、デッサンでも描き分けられなくてはいけません。

どうすればそれが描けるのかは、
自分が、目の前のものを見て、何を感じ取っているのか、を、探し見つけ出すしかありません。
そのひとつの大切な手がかりは、回り込む面の観察と描写です。

ということは、当然、輪郭線に囲まれた【内側】部分だけの観察では不充分で、
かたちの回り込む面の部分、つまりまさに輪郭線上の、見えなくなっていくぎりぎりの部分まで、
しっかりと目をこらして観察する必要があります。

視界から見えなくなっていく面はどのように変化していくのかを描くべきなのです。
そこに輪郭線を置いているのは、この重要な観察をしていないことになります。

輪郭線のある場所をよく観察することこそ、立体の表現のための、とても重要なポイントです。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:41 | デッサン技法
大まかな輪郭線を目安として描き始め、観察を重ね、段階を追って、見えてきたものを
描き込んで行きますが、
描き込みが進み、線の密度が出てくると、最初に描き入れた輪郭線は、重ねたタッチに埋もれて
見えなくなってきます。

そこで、見えなくなった【輪郭線】を、より強い線で描き起こそうとしてしまう場合があります。

しかし、目の前のモチーフを見てみると、そこに輪郭線と同じような黒いラインが
実際に見えているケースは、非常に少ないはずです。
デッサンは、見えるものを捉えて表現することによって、その空間のリアリティを人に感じさせようとするものです。
見えていない輪郭線を残してしまって良いのでしょうか。。


輪郭線とは、線で囲んであるからひとつのものだ…という【約束事】によって
人にその画面を理解させようとする【記号】のようなものと言えるのではないでしょうか。
見えたとおりに描いて伝えるのではなく、【約束事】に基づいて伝える…のでは、
その画面は【説明図】のようなものだと考えるのは大げさでしょうか・・・

そんな考え方は別としても、実際の問題として、輪郭線が入ってしまうと、
かなりしっかりと陰影・明暗を観察して、ていねいな調子を入れてあっても、
そのデッサンから空間や立体を感じにくくなってしまうのは事実です。


それは、実際にない線が描かれているからという事以上に、
一本の線は、微妙な調子の変化よりもずっと強く目に入ってしまうために、
せっかく描き込んだ明暗や陰影などを弱め、感じにくくさせてしまうからです。

また、同じような調子で表わされた面は、同じような角度や位置関係を感じさせるのと同様に、
同じような強さ、太さ、色合いの線は、それらがひとつの平面上に繋がっているかのような
視覚効果を与えます。

そして、シルエットの輪郭に当たる部分は、その立体の実際のかたちの上では、空間的な位置関係が同じではなく、
シルエット上の輪郭部分には、実際のかたちでは一本に繋がったラインは存在していないことが
ほとんどだと思います。

そのため、時間をかけてしっかりと描き込んだ調子の変化よりも目立つ、【輪郭線】が、
本来の空間的な位置とは無関係に、全体をひとつの平面につなぎ止めて見せてしまう…
という結果をもたらしてしまうのです。


更に大きなモンダイは、実際にはないはずの輪郭線を描き込んでいるということは
じつは、本当はその部分がどうなっているのか、を、【観察していない】事を示している!という点なのです。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:35 | デッサン技法
白い紙の上に、かたちを描いていこうというとき、どのように始めるかは様々な方法があると思いますが、
描き始めはかたちの輪郭(シルエット)を捉えることから…という方法が最も多く一般的なのではないかと思います。

(デッサンの始めの作業は、構図を決めることですが、その事については別に書きます。)

まず紙の上のどこにどんな大きさでどんなかたちを描いていくのか、
シルエット的なかたちを捉えて輪郭線で描くところから入り、
その線を目安にして、観察を進め、描写していくのが基本的な取り組みです。

しかし当然ながらまだこの段階では対象への観察は充分ではありません。
これから時間をかけて観察していくスタート地点ですから、
正確なかたちや微妙なかたちの変化、細部と全体とのバランスなどは、
この段階ではまだ見えていないと考えるべきです。

従って、この段階で描く輪郭線は、
そのあとに観察を重ねる過程で見えてくるものを描き込みやすいように、
また、修正すべきところを見つけた時にできるだけ直しやすいように、
更に、その上に表現して行く調子を重ねやすいように、
できるだけ大まかなラインを用いて、やわらかなタッチで、細部は省略して、
しかし、大きな長さの比率や、大切なポイントの位置など、全体的な割合に関するところは
できる限り正確に捉えるように工夫して描きます。

最初のうちは、どうしても細部が目に入り、気になってしまい、細かい部分を描きたくなるかもしれませんが、
これを省略して大きく捉えるという見方を身につけるのが大切なことなのです。

まず完全な輪郭線を描いてから、陰影を入れていくのではありません。

内側の面の変化が、輪郭部分に繋がっていくのですから、
輪郭を正しく捉えるためには、輪郭内のかたちの正しい観察と描写も必要ですし、
つまり陰影の観察も同時進行で全体の観察を深めて行き、
最終的に、全体の正しいかたちをつかんだときに、正しい輪郭部分の表現が完成する…
ということになります。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-22 01:29 | デッサン技法
デッサンについて、「パース」が狂っているとか、「パース」がキツイとか、
画面やもののかたちの奥行きの表現について「パース」という言葉を使うことがよくあります。

「パース」とはパースペクティブperspective・・のことで、
透視図法に基づいて描く透視図のことを「パース画」と呼びますが、
デッサンでは、透視図法的にかたちの描写を検証する際にこの言葉を使います。

透視図法には、一点透視法、二点透視法、三点透視法などがあり、
平行な直線が集約されていく「消失点」を設定して、図法に基づいて描くのが透視図です。
所謂「パース画」は、このような図法により、図面と数値に基づいて作成された「図面」です。


デッサンでは、数値は用いず、肉眼で観察することのみによって、
実際に自分の目で見えるとおりに描写しようとするものですが、
遠いものほど小さく見えるという遠近法の考え方は共通です。

ではデッサンも、あらかじめ透視図法によって画面全体の構図を決めて描き始めれば、
簡単に、正確なかたちや空間を描けるのではないかというと・・・

実際には、近距離の観察では画面に納まる範囲内に消失点を求められないケースが多いと思いますし、
図法的に正確な理論上の視点を定めることは簡単な問題ではありません。
そして複雑な曲面や不定形の面の変化により構成されるかたちでは、
消失点に繋がる平行線を見つけ出すのはとても難しいのではないでしょうか。

ですからデッサンの場合、先に遠近法ありきで図面のように画面を組み立てていくのは
困難でもあり、すべてのかたちを遠近法だけで捉えることは現実的ではありません。
またデッサンの目的は単に構造的に正確な図を描くことではありませんので、
結論としては、そのようなアプローチは適切とは言えないと思います。


けれども基本的には遠近の表現は透視図法に共通ですから、
特に角柱や直方体、円柱などのような基本形に還元できるかたちの見え方を確認する場合、
また複雑なかたちを、これを取り囲む基本形態に置き換えて画面上の配置や大きさを決める場合など、
透視図法を応用し、補助線を引いて描写の手助けにしたり、かたちの修正の目安にする場面は少なくありません。

(補助線については別に述べます。)

したがって、透視図法についての基本的な理解は、デッサンを進めるに当たって、意味のあることだと思います。
しかし、デッサンの経験を重ね、デッサン力のいくつかの要素、観察力、イメージ力、等を高めて行けば、
透視図法的な描写は、図法を引用せずとも直感的に行えるようになって行くはずです。

数値に基づいた正確な作図法は、イメージの表現や伝達のために重要な方法だと思いますが、
例えばそれ以前に自分のイメージを練り、具体化していく段階の作業や、
図面から、リアルなイメージを得ようとする際に、必要なのは、
実物をより詳しく観察し、空間を捉えようとし、そしてそれを描写、表現しようとする
デッサンの経験から身についてくる「デッサン力」と呼ばれる各種の感覚ではないかと思っています。


写実的な絵画の遠近法のひとつとして、幾何学の世界の透視図法が応用されるようになり、
奥行きのある絵画表現が生まれてから、長い時が流れ、現代の我々はそれを用いた絵画表現を
当然のように感じていますが、目の前のものを観察して描こうとする際に、
必ずしも透視図法的に見えているとは意識できない事も多いことを考えると、
画法として透視図法を用いる・・というのはすごく大きな発見であっただろうと想像できます。。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-19 00:34 | デッサンとは
鉛筆(1)に書いたように、線の集合で調子を作って描いていく場合は、
できるだけ均一な線を重ねる事を基本にしますので、
鉛筆の持ち方は、通常の文字を書く場合とは少し違います。

(描写によって、時には必要に応じて持ち替えて描くこともありますが、
ここでは基本となる姿勢について説明します。)

掌を上に向け、四本の指の上に、小指の辺りに鉛筆のお尻が来るように鉛筆を乗せ
(当然、鉛筆の長さによりますが…短くなっていない新しい鉛筆の長さを想定)
そのまま五本の指で鉛筆を包み込むように持って、画面に芯を当てて描きます。

こうすると、鉛筆の角度は、肘から手首への線とほぼ同じ、肘から手首の延長上に
鉛筆の先が来るような角度になります。
そして、肩胛骨から腕全体を動かすような気持ちで、のびのびと描いていきます。

文字を書くように鉛筆を持って手首のスナップで描く方法ですと
筆圧が変化しやすく、また描写が細かくなり勝ちで、
部分描写に偏り易く、全体のバランスに目が行きにくいことに繋がります。
細部を描き込む段階ではこのような描法を使用することもありますが、
基本的には腕全体を使って大きく捉える線を重ねて描いて行きます。


また制作中には常にモチーフと画面の全体に目を配る必要がありますので、
画面全体が見えるよう、近づきすぎない適度な距離を取ります。
上のように鉛筆を持ち、背筋を伸ばして画面に向かった状態で、
肘を軽く曲げて描けるような画面との距離が適切です。

そして、座った姿勢で、モチーフと画面の両方が目に入る体勢を取る事が大切です。
画面でモチーフが隠れてしまうとか、身体の向きを変えないとモチーフが見えない…
というような位置関係は避けるように工夫してください。


デッサンを描き始める際には特に、また、できれば制作中にも適宜、モチーフを、
描く位置以外からも観察し、隠れて見えない部分、反対側から見たかたちや、
真上から見たかたち、等、様々な角度から観察しておくと、
見えている部分への理解が深まり、観察の精度が上がります。
また、可能なら、触ったり持ってみたりして、面の変化を触感でも観察したり、
表面の質感や重さなどを知っておくことも有効です。


しかし、正確なかたちを描写するには、制作中は視点を変えないように注意して、
観察し、かたちを測る必要があります。
視点がずれると、面の角度やパースが狂ったり、複数のモチーフを描く場合には
位置関係や空間の状態などが狂ってしまう原因になります。

正確なかたちを捉えるためには姿勢を一定にし、自分の目とモチーフとの関係をずらさない事が大切です。
何かしらの目安となるものを決めて、時々自分の視点をチェックするようにします。
また、疲れにくい崩れにくい姿勢で描き始めるようにしましょう。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-18 16:32 | デッサン技法
鉛筆デッサンでは、鉛筆の【線】の集合で、【調子】の変化を作り、面を表現していきます。

用紙に対する鉛筆の角度を変えると、線の表情にも変化が出て来ます。
この使い分けは表現の幅を拡げますが、基本的にはほぼ均一な線の集合で面の調子を描写する事が、
かたちを捉えるベースとなります。

デッサンに取り組み始めの頃、線のタッチを残さないように、鉛筆を寝かせて芯の横腹で「塗る」ようにして
調子を入れたり、画面を指やティッシュなどでこすってぼかしを加えたりしたくなる人は少なくありませんが、
こういった技法や、筆圧の強弱によって濃淡の変化を出すような鉛筆の使い方は、
時間をかけた観察によって描き込む鉛筆デッサンには不向きです。

これらの技法は、鉛筆デッサンでは、仕上げに近い段階で、質感の表現などのために使用するものとしておき、
基本的には、鉛筆は【線】を描き、【線の集合】で【面】を描写して行きます。
(輪郭【線】ではありません。色面を線で構成します。)

なぜなら、これが、紙と鉛筆という描画材の特質を活かし、また、長時間かけて観察し
描写していくというプロセスに適した基本の技法だからです。


まず、紙に鉛筆の色が付くとはどういう事かというと、
用紙表面の微細な凹凸にこすれた鉛筆の芯が削れて、粒子を画面上に残すということです。
この関係を、制作完了まで良いコンディションに保つ事が大切です。

つまり、できるだけ紙の表面を傷めずに、できるだけ多くの線を重ねる事ができるような方法を
工夫する必要があります。

画用紙をこすったり、強い筆圧で描いたりすると、画用紙表面の微細な凹凸をつぶしてしまったり、
溝のような跡を残してしまうことになります。
倒した鉛筆の芯の横腹で塗るような描き方にも、画面をこするのに近い作用があります。

用紙表面の凹凸がつぶれてしまうと、鉛筆の粒子の載りが悪くなり、
その部分に線や調子を重ねにくくなってしまいますし、錬りゴムも効きにくくなります。
強い筆圧で用紙に傷をつけてしまうと、やはり練りゴムを入れたり、調子を重ねる際に、
その線が浮き上がってきて、描きにくくなります。
その結果、深い調子の表現や、かたちの修正、細かい描き込みが、難しくなってしまいます。


また、描き始めの段階では、タッチが気になり、ぼかしたくなる事もあると思いますが、
非常に明るい面などの部分的な処理は別として、全体的には、タッチが目立つ状態は、
まだ描き込みが足りない未完成の段階です。

時間をかけて描き込むデッサンでは、多くの線を重ねて、かたちを探り、描写して行きます。
このプロセスでは、様々な角度から面の変化を探る線を重ねる必要があります。

これらの作業の結果として、仕上がったデッサンは、複雑な線の重なりによって、
調子の幅が作り出されており、最終的には、一つ一つのタッチはほとんど感じられない位の密度になっています。

言い換えると、ひとつひとつのタッチが見えなくなるほどに密度のある描き込みができているかどうかが、
完成度の目安のひとつとなります。


デッサンの過程では「明暗を描こう」と考えるのではなく、「対象物そのものを描く」という感覚で、
そのために、【面の向きの違い】が、【明暗の違い】となって見えていることを理解し、
対象物の【かたちを探る手がかり】として、【面の向き】を捉えるために【明暗】を観察する…というスタンスが必要です。
その結果として、微妙な変化のある幅広い階調表現が表われてくる事になります。

重ねた線の密度の差が、グレーの濃淡の表現となっていく描き方は
全体と部分の関係を見ながら、面を探っていく作業に適していると言えます。
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# by hiratsukadessan | 2010-10-10 00:38 | デッサン技法